三菱総合研究所が描く50年後の未来。私たちの生きるコミュニティ。関根氏・藤本氏インタビュー(「3X」編)
シンクタンク・コンサルティング・ICTソリューションの「総合力」で企業や行政の課題解決をしてきた三菱総合研究所。この度、創業50周年を記念して「3X(ダイヤモンド社)」と「SF思考〜ビジネスと自分の未来を考えるスキル(ダイヤモンド社)」の2冊を上梓した。どちらも、50年先の未来を描くという壮大なテーマを元に描かれている。「未来のことを考えても仕方ない」私たちは、随分と目の前のことでいっぱいいっぱいになってやしないだろうか?数年先の心配ばかりをしていないだろうか。圧倒的にワクワクする未来と目の前の課題、その両軸があってこそ正しく未来に迎えるのではないか。そんな思いへのひとつの解答が三菱総合研究所が描く、50年先の未来像ではないか。今回は「3X編」と「SF思考編」の前後編にてお届けする。両書籍の著者でもある三菱総合研究所 シニアプロデューサー・藤本敦也氏と参与・関根秀真氏の両名にお話をお伺いした。まずは、「3X編」本書の監修・執筆を担当した関根氏を中心にお届けする。
(写真右から)
関根秀真(三菱総合研究所 参与)/早稲田大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。1994年、三菱総合研究所入社。入社以来、宇宙開発、地球観測、森林環境・ビジネス(温暖化対策)、途上国開発支援(南米・東南アジア)、自治体事業支援に関わる事業に従事。現在は同社未来構想センター長。同センターにて、50年後の世界や日本を見据え、その社会像を描き実現手段を検討する未来研究プロジェクトを推進中。東京大学工学部非常勤講師。
藤本敦也(三菱総合研究所 シニアプロデューサー)/2006年、三菱総合研究所入社。 同社未来構想センターシニアプロデューサー。 専門は、新規事業開発、組織戦略(経営統合等)。 ブレインテックなどの先端技術を活用した新規事業から、ペットビジネス、シニアビジネスなど多岐にわたるコンサルティングサービスを現場・ユーザーを強く意識し展開。
↑3X(スリーエックス) 革新的なテクノロジーとコミュニティがもたらす未来(三菱総合研究所 編著/ダイヤモンド社)
そもそも3Xってなんだ?
-三菱総研が提唱する「3X」の一端でもありますが、まずは「DX」についてどのようにお考えですか?
関根:DXは三菱総研でも現在、事業としても大きくフォーカスしています。最もニーズの高い課題のひとつなので、DXを専門とした事業組織が活躍していますし、社会実装における最重要課題だと思っています。レガシーなシステムのアップデートから、AIなどを活用したシステムの提案・実装など、プロジェクトによってレベル感は様々ですが、単なるデジタル化ではなく、社会課題とコミットすることが求められていると思います。
-デジタライゼーションにとどまらない、社会へのコミットということですね。
関根:ええ。もちろん、紙からの脱却というデジタライゼーションもDXの前哨戦としては、非常に大事なプロセスです。ですが、真のDXは、クライアントの課題解決だけでなく、事業の仕組みをダイナミックに変えたり、適切な人材を配置したりとかなり広範な部分に変革をもたらすものだと考えています。
-なるほど。その上で三菱総研が「3X」を提唱していますが、簡単にお教えください。
関根:DX=デジタル・トランスフォーメーションだけでなく、BX=バイオ・トランスフォーメーションとCX=コミュニケーション・トランスフォーメーション。3つのXから、未来を考えることを「3X」として提唱しています。それぞれ独立して考えるわけでなく、それぞれが有機的に関係することでより具体的な未来を描くための考え方です。
-デジタルに加えてバイオとコミュニケーション…なぜその領域を加えたんですか?
関根:現在を含め、短期的な課題は、DXが主軸で解決すべきなのは間違いないんです。ですが、50年というような長期で未来にフォーカスすると「果たして私たちが考えないといけないのってデジタルだけで良かったんだっけ?」という疑問に突き当たります。DXから予測した未来は、社会・国家など大きなフォーマットにはふさわしいかも知れませんが、その中で暮らす個人にスポットを当てるには、BX、CXの視点が重要だと考えているんです。
-DXだけだと、私たち個人という視点が足りないということですか。
関根:すべてのDXがそうとは言い切れませんが、基本的にDXは広義の効率に寄与するものだと思います。ですが、DXによって効率性を高めた社会で、一生命体として人間がどのようにトランスフォームし、暮らしていくのかという視点が失われがちです。人間の至上命題のひとつでもある「生命自身を考える」という視点を持つことが「3X」の本質なんですね。
-実際、DXに関しては、私たちの日常を今まさに変革していますが、BXとなるとまだ実感は薄いですよね。BXについて少し詳しくお聞かせいただきますか?
関根:ライフサイエンスやバイオ技術を活用した人間の健康状態、能力の変化をBX=バイオ・トランスフォーメーションとしています。ロボティクスの一部分など身体拡張も生身の人間と技術の融合という観点でBXと考えています。身体拡張技術の進歩で、私たちは「人間」そのものの在り方を大きく問われています。すでに医療のフィールドでは、なんでもデジタルで語ろうとすることに対する違和感が課題として認識されはじめています。技術によって生命そのものの定義が変化することがあるわけですから、ある意味では慎重にならざるを得ない業界ではありますが、BXの議論はごく身近になりつつあると思っていますよ。
-BXというのは、ある意味ではデジタル実装社会を人間ありきで考えようということかもしれませんね。
関根:そうですね。DX/BXの先に、コミュニケーションの問題としてCXを考えなければいけません。デジタルインフラの進歩と人体拡張が進むことで、あたりまえだと思っていたコミュニケーションも大きく変化しますよね。こういったコミュニケーション…もう少し大きく言いますと「生命のつながりの変化」をCXとして考えるべきではないかと。単純な未来予測や、技術の進歩だけでなく、そこに私たちの意思が介在することを表現できるのが、3Xがユニークな点だと思っています。
-「コミュニケーション」というと、どうもピンとこないというか。考えるべき範囲が広いイメージがあります。
関根:CXは社内でも当初は「なにそれ?」って感じでした。ですが、COVID-19によって、zoomなどオンラインツールのコミュニケーションが一般化することで、CXは未来に向けたキーワードとしても非常に重要なことだと再認識されました。今まさに、リモートワークなどコミュニケーションの変化をダイレクトに感じている方も多いと思います。アフターコロナでのコミュニケーションにおいても、オンラインはひとつの手段として残りますよね。これはもう、コミュニケーションが変容してしまったと捉えるべきなんです。
-技術と状況で変化していくと。
関根:コミュニケーション領域であるCXに関しては、変化の予測が難しいポイントでもあります。あまり規定しすぎず、ある程度ケースバイケースの余白としても機能する状態にしておくというのがいいと思うんです。DX・BX、あるいはGX=グリーントランスフォーメーションやサスティナブルトランスフォーメーションなども内包される「共領域」としてCXが機能するイメージですね。自由に思考できるための余白としての「CX」を設定することで、3Xそのものが長期的な考え方としても機能すると考えています。
-そう考えると「3X」すごくバランスの取れた考え方ですね。
関根:技術的な部分は、ほぼDX/BXに内包されるが、ではそこで私たちがどのように話し、日常を送るのか、さらには私たちと自然との関係、機械(AI)との関係がどのように変わっていくのか、という観点からあえて「CX」という項目を入れることで、DX/BX/CXの3Xとしてバランスが取れているのかもしれませんね。
-なんとなく、DXのなかで、人間という支点を置いたイメージですね。
関根:それは、言いえて妙だと思います。あらゆる技術革新を目の当たりにして、私たちの支点を規定することで、単にDXというよりも「自分ごととして」捉えることができると考えています。技術そのものでなく、「技術によって私たちはどう未来を変えたいのか?」という投げかけでもあるんですよね。
-あくまで「人」主体の未来であると考えるのは素晴らしいですね。
関根:様々なジャンルのトランスフォーメーションが進んでも、行動主体は「人」です。こういった様々な事象を内包するために、人主体の「3X」という考え方は自由度が高く規定しています。
個と集団の未来。
-さて、書籍は「サピエンス全史」の狩猟採集時代を扱うテキスト引用から始まるのが印象的でした。
関根:狩猟採集時代に戻るというわけではないのですが、もう一度「組織」ができること、「個」ができることを考えないといけないのではないかなと思うんです。それをきちんと差別化してこそ、いわゆる多様な社会が実現できるのではないかと。
-なるほど。
関根:DXというのは、1つの側面として均一性/標準化をOS化を推進します。これは、考え方によっては多様性を失わせることにもなりかねません。では「果たして多様性ってなんだったかな?」と考えた時に、多様性はひとつの可能性になるうる話でもあるのかなと思うんです。
-どういうことですか?
関根:日本は、平成から令和にかけて「失われた30年」と揶揄されるくらいにデジタル後発国となってしまいましたよね。後発国としてのオリジナリティを出すには新しいテクノロジーで日本全体を統治しつつ、一方小さなコミュニティやローカルなルールでもデジタルを活用していくことで、真に多様性のある社会になりえる。
-あぁ後発だからこそ、オリジナリティのあるシステムが可能だということですね。
関根:あくまで仮説ではありますが、そういう可能性があるのかなと思います。
-先ほど、組織と個人とおっしゃいましたが、そもそもこれからの企業の役割ってどう考えてらっしゃいますか?
関根:難しいですよね。社内でもまだまだ議論が尽きないですが、企業全体がなくなるとは思っていません。企業は、事業のための最適化されたシステムとも考えられますし、資本を集中させるシステムとしても、現代社会が作り上げた優れたフォーマットとして機能しています。将来的には、そういったシステムとして選択肢のひとつになると思います。それは、行政も同じかもしれませんね。個人が主体となって集まり、定常的なカタチが減り、流動的な仕事になるかと思います。
藤本:そうですね。企業の役割がガラッと変わるかというとそんなこともなく、ある程度ゆるやかな変化になるとは思っています。結局のところ、ジェネレーションの変化によってしか、社会は変容しないという側面があると思うんですね。ですので、法人数が激減することはないと考えています。演劇の世界などが近しいと思うんですが、プロデュースやお金の管理などは法人が請負い、社外から優秀な役者や脚本家などが演目ごとに参加するようなイメージですね。
-「ジョブ型」というのがイメージに近いのかなと思います。
藤本:個人の流動性がもっと緩やかなイメージかなと思います。もちろん、育成・教育をどうするの?といった問題や、プロジェクトによって生まれた知的財産、プライバシーやスキルって誰のものなんだ?っていう問題はありますよね。そういった部分の整理はまだまだこれからです。
豊かさの設計。尺度の変更。
-お話をお聞きしていて、ちょっと不安に思うのがプロジェクトごとに集う…ということはそれってスキルベースの「実力主義」の社会なのでは?ということです。
藤本:教育とかスキルアップを当たり前に自分自身のキャリアとしてやっていくことは必須になってしまうかなと思います。おっしゃる通り、「だれひとり取り残さない」というSDGsにも謳われる命題を実現するためにも、社会・企業・自治体がどのように補助・支援をしていくかが非常に重要です。そういった生きていくために必要なベーシックなサービスと並行して、社会を変革させることが必須ではないかと思います。
関根:私たちも非常にセンシティブな問題だと捉えています。「だれひとり取り残さない」ためにもどのように「機会の均等」を設計するかが重要ではないかと思っています。生まれた環境や教育、経済的な格差など様々な差がありますが、そういったものを超えてどのように機会を均等にするか。例えばオンラインを活用して学習機会の均等性を進めたり、もっと手前の「何かを学ぼうとする意欲こそを評価される」社会が実現できればいいと考えています。ですが、これが実現しようとも平等ではないと思います。「平等」自体すごくセンシティブな言葉ですよね。
-確かに難しい問題ですよね。サービスやシステムだけで解決できる問題でもないように思います。
関根:今の社会の大きな問題として目標設定が、割と均一化していることがあるのかなと思います。「経済的な成功=ゴール」というような画一化された尺度があるように思います。そういうものと比較せず「自分が実現したいこと」をきちんとゴール設定にすることが大事なのかなと思います。「個々の豊かさをどのように持つか」という点から考えるべきなのかと思いますね。
-あぁ。それぞれに「豊かさ」をどう設計するかということですね。
関根:3Xを研究するなかで、健康・つながり・自己実現と社会への還元というのは、豊かさのキーワードではないかと。これはもちろん理想論だと思いますが、そういった非常に基本的な満足こそが豊かさにつながると思うんですね。
-それは、BXでありCXにも内包されるので、3Xという考えかたそのものが豊かさを得るための設計でもありますね。
関根:そうですね。我々の研究においてもアドバイザーとして意見交換をさせて頂いている、大阪大学の安田洋祐先生は「価値の尺度を変えること」ことこそが、未来に向けて必要ではないかと話されていました。
-尺度を変える?
関根:現在は「物事の大小」が価値基準にしている社会ではないかと。これを例えば「人と人の距離」といった全く別の尺度に変えることができないものかと。これは、示唆に富んだヒントではないかと思っています。現状ですと、尺度を変えたとて貨幣価値としてしか還元できないかもしれませんが、こういう視点を変えて別の尺度を持つことで、同じ価値観の人々が集いやすくなると思っています。そういった独自の価値基準を持つ小さなコミュニティをどのように生み出すかが、とても重要ではないかと考えています。価値基準でつながるのは、デジタルでフォローしやすいことかなと思います。
あたりまえのSDGsに。
-本作の最終章は、持続性・サスティナビリティの観点から記されていますよね。
関根:SDGsの本質は、社会的な問題や未来への課題感をインデックス化して共有したことだと思っています。3Xに取り組む中でも、SDGsは「解決すべき課題」であると位置付けています。ある程度の形骸化はあるとしても、それぞれの事業モデルに少しずつでも当て込んでトライすべき取り組みだと思います。次の世代のためのリスクを軽減させるためにも必要なことです。ただ、SDGsって現状のマイナス課題をひとまずゼロまで持ち直そうという発想が多い。ともすればネガティブなものなので、3Xでは、「豊かさ」という人間本来の楽しみに向かうその過程において、SDGsにおける課題も解決できたらいいなと思います。
藤本:確かに、SDGs・ESGを内包するこういった未来に向けた取り組みは、経営から見るとネガティブにも感じます。ですが、この問題に関しては「本来払うはずだった潜在コストが顕在化してきた」とお伝えすることでご理解いただけるクライアントが出てきました。今まで騙し騙しやってきたことをここで一度きちんと整理しようというのが本筋ではないでしょうか。現在では、未来への試みや思いは、モノやサービスを購入する基準としても非常に大きなウェイトにもなってきています。思ったよりもこういった未来への試みは利益に直結しやすくなっていると思いますし、リスクヘッジの観点からも挑戦すべき課題ですね。
関根:先日、「人新世の資本論」と上梓した斎藤幸平先生とお話しする機会があったのですが、「SDGsは、本来表に出なくてもいい、粛々とした活動を、免罪符として使っているに過ぎないのでは?」とおっしゃっていました。過激だと思う反面、もう未来のことを考えた経済活動は、デフォルトとして活動すべきだと思いますね。もちろんまだまだ難しい面もありますが、書籍の終わりの章では食べる人・使う人がどれだけ負荷がかかっているのかを可視化する「新もったいない」という概念についても書いています。様々な課題の解決まだ先は長いですが、色々と楽しむことがキーになるといいですね。
「3X」の先に描く未来。
-お二方は個人的に「3X」の果てに、どのような未来を思い描いてらっしゃいますか?
関根:個人的には、コミュニケーションというものの重要性に改めて気がつかされました。単に人と人がつながればいいという話ではなくて、つながることでどのような社会スキームを作れるのかは未来における重要なポイントであると思います。現在は、まだまだコミュニケーションにおける制約がたくさんあります。企業・学校・国境・言語…そういったものから少しずつ解き放たれていく未来を思い描いています。誰も取り残すことなく、自由に近づく未来であるといいなと思います。
藤本:私は、願望と言えるかもしれませんが複数の人格で暮らす未来を思い描いています。今ここに存在している自分自身だけであるということが少し息苦しい時代なのではないかと思っています。社会のポジションや様々なことから逃れがたいように感じています。
-個人スコアリングみたいなことも世界では始まっていたりしますよね。
藤本:その通りですね。様々なキャラクターを使い分けることで、そういったものから解き放たれて自由になれるのではないか。様々な人格で過ごすことで、様々な視点から物事を見つめ思いを及ばせることができるのではないかと。そういった未来が来るといいなと思っています。究極、人じゃなくてイルカとしても生きるのもいいかもしれませんね(笑)。
-(笑)。
(後半「SF思考編」につづく)
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